ひきこもりとニートと狩猟と養蜂

にゃん吉のこれからやりたいこと

私は、これから自分で狩猟とか二ホンミツバチの養蜂とかやっていくつもりで、

その活動から派生させて、全国の生きづらさを抱えている人たちとつながって、

みんなで楽しく&ワクワクすることをやっていきたいと考えています。

どうしてそんなことを考えるかというと、私自身が過去うまく人と関われなかったり、

鬱状態で家から出れなかったり、ひきこもりだったからです。

ひきこもりの時どんな状態だったか?

ひきこもりのときといっても、1度きりではありません。

大学の時も含めると3回くらいはあると思います。

人が怖くなったり、自分の存在を消したくて携帯電話の番号とか

メールアドレスを完全に変えたのがこれまでに3回ほどありました。

家族とも距離を置いて誰とも関わらなかった期間もありました。

どうして人と距離を置くのか?

人と距離を置く理由は、単純に疲れるからです。

でもせっかく会ってくれている人に「あなたと会うのは疲れる」なんて、なかなか言いづらい。

疲れる原因はこちらにあるんだけれども、相手に説明したところで分かってくれるかわからない。

それに、そのことを説明するのも気力・体力がいるんです。

そんなことは考えるだけで疲れてしまうことでした。

だから一定以上仲良くなると、自分から距離を置くか、

それでも相手から頻繁に「だいじょうぶ?」なんて

気遣いの電話がかかってくるのが続いたときには、

エイヤって携帯電話を解約してすべての関係をリセット。

人としてサイテーだと自分で自覚していました。

でも、それ以上人との密接な関係が続いたら、自分が壊れるのがわかったから

自分を守るために当時はそうするしかなかったのです。

ひきこもりは自分を守る手段

ひきこもることに関して、私は無力な自分を守るさいごの防衛手段だと考えています。

だから、学校に行かなかったり、会社に行かなかったり、外に出なかったりしてもそっとしておいてください。

きっと、本人が一番つらいです。

あと、「だいじょうぶ?」という言葉もかけないでください。

全然だいじょうぶではありません。当然ですね。社会と距離をとり、ひきこもっているわけですからね。

でも人から「だいじょうぶ?」という言葉をかけられたら、「うん、だいじょうぶだよ」としか当人は言えません。

だって、自分のことはなんとか自分で解決しようとしているんですから。

解決するためにひきこもっているんです。

だから、みなさんには他の人に言うのと同じく「こんにちは」とふつうに声をかけてほしいです。

他者からの気遣いは重荷にしかなりません。

自分がふつうでないことを痛いほど自覚しているのは、ひきこもっている本人です。

にゃん吉はどうやってひきこもりから脱したのか?

私の家族は機能不全家族だったので、私は実家に頼ることができなかったので、

ニートにはなれなかったし、実家にひきこもることもできませんでした。

私は、ひとり暮らしをしながらのひきこもりでもあったので、最低限生活費は稼いでいました。

その時仕事で私を拾ってくれた人の縁でなんとかひきこもりや鬱状態から脱していけたのだと思います。

ひきこもりから脱するのは本当に薄皮を剥ぐような歩み

私を雇ってくれた人が鬱やひきこもり、ニートなどに理解がある人で、

私が当時不安定で仕事に行けたり行けなかったりすることもあることを正直に話したら、

仕事でも体調が良いときだけでいいからと配慮してくれました。

私はそこではじめて自分が信頼されていることを感じ、また、雇い主の期待に応えようという

気持ちにもなって、だんだんと安定的に仕事に出れるようになりました。

それから、その人が本当にほめ上手な人だったのです。

「にゃん吉さんのおかげでお客さんが喜んでくれた」

「すごくがんばってくれて助かったよ。またにゃん吉さんに来てほしいな」

そんなことを言ってくれる人でした。

その雇い主の人も、小さい頃、心の傷を抱えた辛い過去があったようです。

だから自分で興した会社には、ひきこもりやニートなど、

生きづらさを抱えるがゆえに一般社会では働けない人たちを

積極的に雇っていました。

同じ悩みを持つ人同士の勉強会に参加

その雇い主の人に誘われて、心理学を学ぶ少人数の勉強会に

気力があるときや気が向いたときに時々参加していました。

参加費は会場の使用料の折半で1回500円のみ。負担が軽くて気軽に参加できました。

勉強会の参加者は、自身がカウンセラーの資格を持っている人が多かったのですが、

カウンセリングの資格がある人は、自分自身が悩みを抱える当事者でもありました。

だからこそ、カウンセリングという分野に興味を持ったんでしょうね。

だから、心理学の勉強会はすごく熱心な人が集まっていたし、

なおかつピアカウンセリングのような自主的な話し合いによる自助グループでもあり、

私にとってはその話し合いの場が、自分自身の気づきの連続だった気がします。

しばらく心理学にのめりこむ

しばらくあらゆる心理学の本を読み漁ったり、勉強会にも他にも掛け持ちして複数通ったり

心理学オタクみたいな時期がありました。

ヒーリング・仏教・座禅・瞑想にもひととおりはまる

この辺はどれも一定期間はまっています。

お寺に座禅ばかりいっていた時期もあります。

人にヒーリングを施していたときもあります。

ちょっと変わった体験もしたりとかもずいぶんこの時はありました。

今はふつうの人

たぶんこういうことをひととおりやり尽して

今は一巡してふつうの人です。

いつからかなんとなく自分のことが好きになっていました。

ダメな自分を受け入れられるようになって、

ダメでうまくいかなくてもそんなに深刻にならなくなって、

生きるのが苦ではなくなってきました。

人もだんだん怖くなくなってきました。

無気力で何の望みもなかったけれど今は欲が出てきた

ひきこもりのときは気力や欲がぜんぜんありませんでした。生きていても死んでいても同じなんじゃない?っていうのが主観。

食べて寝て排泄するだけで誰ともつながらず、社会に何も生産しない自分ってなんなんだろう?生きている意味あるかな?

そんな感じでした。死ねないから生きている、ただ時が流れるように過ぎ去っていく生活。

社会との接点はなく、接点はスーパーで買い物くらいだけれど、レジの人とも目が合わせられない。声がだせない。

今は、欲しいものとかやりたいこととかどんどん出てきています。それがふつうなのかもしれないけれど、

自分でははじめての感覚でした。

服ひとつとっても、なんでもよかったのが、自分が着たい服が出てきた、着たいから稼がなきゃって思うようになった。

こういう感覚は、人間本来の生きることの欲なのかもしれない。

今は生きることの欲が半端ないです。

これからのにゃん吉のあゆみ

死人のように、死ねないからなんとなくで生きていた私が、

生きる欲を持ったら、

残りの人生の時間が急にもったいなくなった。

今までの時間、本当にもったいなかったよな~って。

それで死ぬ前に自分がやりたいことを先延ばしにするんじゃなくて

いまやろうって思ったわけです。

にゃん吉は何をいまやるのか?

自分がこれまでの経験上いちばんもったいなかったのが、❝時間❞なので、

全国でひきこもったり、ニートだったり、病気だったりして生きづらさを感じている人が、

楽しく&ワクワクする時間をいっしょに作りたいと思っています。

私がワクワクすることは、狩猟や養蜂、農園とかそういう分野だから、

そのことから派生してみんながそれぞれワクワクすることを増やしていきたい。

増殖するアメーバみたいにいろんな方向に増えていってほしいな。

福祉の枠だけでは救えない命がある

去年、社会福祉士という資格をとりました。

あらゆる福祉分野の相談援助を行う資格です。

この時の勉強や、その後に福祉分野で働いた主観ですが、

日本には、福祉分野に適合しない支援の枠から漏れてしまう人が一定数確実にいます。

そのような人たちは孤立無援に陥りやすい。どうしたらよいかわからず袋小路に陥るひとも多い。

最悪だと自死を選ぶ人もいます。

私はそれは当人にとっても社会にとっても、とてももったいないことだと思います。

私たちが生まれてきたのは、絶望して死ぬためなんかじゃないはず。

それだったらどうしたらよいだろうか?

社会をいきなり変えるのは難しいです。

だったら、いろんな価値観を共有する機会を増やしたり、

おもしろいことをやって、おもしろいことをおもしろがる接点を増やすうちに

なんとなく外に出てきたり話しやすい雰囲気をつくっていきたい。

行政ではどうしても枠という規制があるから、その枠外ねらいでいきたいと思います。

つながりは自主的なものが自然でよいなぁと思います。

まとめ

長い文章をお読みいただきありがとうございました!

もとひきこもりのにゃん吉が、自分のいまやりたいことをみなさんにお伝えしたくて書きました。

今回は考えを中心に書きましたが、全国のひきこもり・ニートなど生きづらさを感じている人と

どうつながってアメーバのように多方向に触手を伸ばしていくのか、その具体的なアイデアについては

またの機会に書かせていただきたいと思います。

皆さんのお力が必要です。いっしょに楽しく&ワクワクすることをやっていきませんか?

この空間に笑い声と笑顔を充満させたい。

もとひきこもりはそのように考えています。

ゴーゴーにゃん吉

 

1 個のコメント

  • すごい! 私が70年近く生きてきて、やっとたどり着いた「生きるって何?」という答えを、若く(たぶん)して見つけられたことに感服しています。

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