ニュース~相模原の事件について思うこと

障害者施設で殺人事件が発生

7月26日の午前2時45分頃、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」からナイフを持った男が侵入したとの通報があり、死傷者45人が出るという凄惨な事件が起きました。

犯人は、この施設の元職員の男性で午前3時頃に自ら出頭、既に逮捕されました。

犯行後に出頭した容疑者の犯行動機は、解雇されたことだったという報道もありますが、一方で「障害者なんていなくなればいい」という趣旨の供述もしていることから、差別的な動機による犯行でもあったことがわかっています。

 

「差別的な動機による犯行‥‥」という所が気になった。


私はこの事件が起きたような障害者の入所施設で、社会福祉士取得の際の実習を経験している。

5週間ほどの実習だったが、その実習先で施設職員に、次のような言葉を投げかけられる。

❝あなたはこの人たちが平等な人間だと思えますか?❞

 

正直、痛いところを突かれたと思った。

障害者の入所施設という所には、重度の障害を持っている人が多い。

意思の疎通が難しい人が大勢いる。

そこに、「社会福祉士を取得するために実習」という名目で飛び込んだ自分は

平等とか差別とか考えもしないまま、ただ漠然とそこにいたのだった。

たいして何の考えもなしに。

 

だから私は、最初、重度障害者の人たちが怖くて堪らなかった。

まず、風貌がふつうではない人・口からよだれを流し続ける人・他の人に掴みかかる人・妄想をしゃべり続ける人など

それまでの自分の生活圏では全くお会いすることないような人たちが、施設の中には大勢生活していた。

逆にいうと、重度障害者で入所施設で暮らすということは、ほとんど外部の世界と接点がなく一生を終える人も大勢いるということだ。

これはいってみれば、福祉という枠の中でやんわり行われている、社会的な差別の一種でもあると思われる。

 

実習は、丸一日なので、一緒に作業を行い、当然一緒にご飯を食べる。

慣れないうちは、食事風景を直視すると、食事がのどを通らないくらいであった。

その頃の自分は、間違いなく重度障害者の人々を差別していたと思う。

 

だから、実習の間中、

❝あなたはこの人たちが平等な人間だと思えますか?❞

施設職員の投げかけたこの言葉を、自分の中で反芻し続けた。

そして、なぜ自分の中で差別心が沸くのかと考えた。

 

自分の出した答えは以下のとおりだ。

・自分との違いを感じるから(風貌・文化・属性の違い)

・意思疎通が難しいから

・それまでの人生の中でお会いする機会がほとんどなかったから(慣れていない)

・かわいそうとか何か保護しなきゃとか、考えてしまうから→この時点で人間として同じ地点には立っていない

以上を分析すると、自分が自分自身の狭い人生経験や、狭い考えで凝り固まっていたために差別が生まれていたと気づく。

 

実際、5週間の実習を終えるころにはだいぶ慣れて、一緒に手をつないでダンスをしたり、バスケで遊んだりしていた。

言葉ではないコミュニケーション(握手・表情等)も可能であると体験する。

結局、差別は社会的なものがその根底にあり、その社会の中で生きる私自身にも当然のことながら、日々差別心は培われていく。

差別は障害者差別だけではない。

無職・ひきこもり・ニート・性・属性‥‥などなど、差別心はもはや私たちの日常生活の中にふつうに存在している。

このことを、これからも考え続けたいと思う。

ゴーゴーにゃん吉

 

 

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